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佐渡ライド(概要) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]


昨年は流行りもの罹患し、行くことのできなかった「佐渡ライド」。今年は見事本願成就。

しかし、終わるまでは天候の不安あり、どきどき。終わってみれば、熱々のライドとなった。これも参加皆様の想いか。


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それでは概要をまとめ、個別に書いていきたいと思う。



☆旅の行程

15日(土曜日)

・9時半出発



・おみやげ:新潟ふるさと村

・宿泊:新潟アグリパーク

 →夕食:自炊


16日(日曜日)

・移動:フェリー 新潟港(6:00)~両津港(8:30)


・9時:ライド開始(小佐渡)

・お昼:小木地区(魚屋料理の店 魚晴:海鮮丼&たいやき:十千万

・宿泊:相川地区(ホテル万長

 →夕食はローソン


17日(海の日)

・8時半:朝食&ライド開始(大佐渡)

・ゴール&昼食:アウトドアベース(1.jpg (gotosado.com)

・移動:フェリー 両津港(16:05)~新潟港(18:35)


・帰宅は10時


18日(火曜日)

 →お休みいただき休息日


☆フェリーにまつわる料金(備忘録)

※さどまる倶楽部適応

・佐渡汽船(カーフェリー新潟~両津)

 →運賃:3090円→2880円×2(往復420円ダウン)※なおジェットフォイルはなんと67分で移動が可能。7,180 円×2←たかい

・手荷物料金520円×2

・手ぶら観光サービス(3辺の合計が160cm以内、重さ30kgを宿泊施設~両津港)1000円/1回×2

 →泊まるんだったら、これ便利

・万代島駐車場800円(一般は1,500円) /日×2

☆佐渡とは

人口は49,894人(2023年6月30日現在)面積は855.68平方キロメートル。東京都の本土部分(東京23区・多摩地域、島嶼部を除く)の面積1791.47km2の約48%に相当。ちなみに琵琶湖は669.26 平方キロメートル。地形は3つに大別でき、北に大佐渡山地(おおさどさんち)、南に小佐渡山地(こさどさんち)、この2つの間に穀倉地帯の国中平野(くになかへいや)が広がる。気候はおおむね三分され、大佐渡山地の北側は日本海からの季節風の影響を受け、冬には積雪がある一方、小佐渡山地の南側は比較的温暖で積雪が少ない。文化的には、西廻り航路が開かれ、西日本や北陸の文化が伝わってきたこと、また配流者が伝えた文化も含めた貴族文化や武家文化、町人文化が一体となって、佐渡特有の文化を形成していったといわれる。 方言は佐渡弁と言われるもので、西日本方言の北陸方言に属している。また奈良時代にすでに一国とされ、流刑地に定められた佐渡は、722年に皇室批判を行った万葉歌人の穂積朝臣老を始めとして、1221年に承久の乱で敗れた順徳上皇、1271年に鎌倉幕府や他教を批判した日蓮聖人、1434年に時の将軍の怒りを買った能楽の大成者である世阿弥など、中世までは政争に敗れた貴族や知識人が流されてきた。

なおわが故郷の酒田本間氏は佐渡本間氏の分家とのこと。本間家の生い立ちは村上天皇の第四皇子(村上源氏)の子孫という事になっている。鎌倉期に相模守となり、関東(神奈川県座間市の旧本間村)に下りそこで本間姓を名乗ったのが始まりとされる。更にその後佐渡守に任ぜられ、一族が越前、越後に散らばった。南北朝の頃一族の中の季綱(すえつな)なる人物が越後から庄内の下川村に移り住んだという。其の長男光重が酒田に移り、弟兵部はそのまま止まり下川本間姓を継承し続いている。当時の酒田は向かい酒田の時代であった。水害を避けて主計忠光の時(1521~27年の頃)に当酒田に移転して来た。酒田市本町に「新潟屋」の暖簾を掲げ商売を始めた酒田三十六人衆の一人で武士。

 

そんなことで、大きなつながりを感じるとともに、ひとも土地も良いところでありました。観光メインの市となるかもしれず、そんなことで「良いサービス」ってことでの好印象というよりは、自転車で走ってみて、普通に生活しているかたとの交流から、いいなあと感じました。これが島、ガラパゴス化的な感じなんでしょうか。

佐渡、おすすめの地です。良いとこです。すこし長めに居たい・・・・。

 


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