佐渡総括 [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
粉飴は水の重量の30%まで溶かすことができ、500mlのボトルだと、150gまで溶けるらしい。これで2時間半までいける。らしい。100キロ走って6時間弱。 佐渡一日目で2本かぁ。2日目は80キロで三時間半1本かな?
こんな感じで袋3つに、粉飴とクエン酸&BCAAをまぜまぜして準備の後、家を出た。
佐渡、佐渡フィナーレ [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
うまくアップされず、分割して再チャレンジ。
で、ここからはゆっくりと、ゆっくりとゴールをめざします。
そして無事にゴール
いやぁ、それにしても腹減ったし、あつい。まずはランチ、ランチ。
近くにある、佐渡アウトドアベース でお食事にしました。名前の通り、興味津々の場所でいろいろ見学。
すずしい店内で、ゆっくりと待ちます。
そして出てきたのはハンバーガー
SNSに投稿をすると、アイスコーヒーが無料!!!
つーか、バーガーがでかすぎて、顎が外れそうです。
食事後は汽水湖の加茂湖にお邪魔し、ライドは終了
写真だと、海か、湖かわかりませんね・・・・。
佐渡出発は16時5分なので、ゆっくりと準備をし、お土産などを買いながら、そして乗船手続きを行います。
いやぁ帰りは混み混みで、ちょっと早めに並んで準備。荷物も増えているので、輪行バッグも重いしね。大変。
当初の予定では、2日目の朝早くにスタートして、お昼前にはライドを終了して、12時40分に佐渡を出発も考えていたんですが、結構タイトなので、今回はこのスケジュール。
まぁ欲を言えば、ライド後に汗を流すことができませんでしたので、シャワーだけでもなぁと。
それでは島を離れます。
2時間半の船旅。中は混み混みですし、寝て帰ろうかとも思いましたが、いびきのすごいお客さんもおられ、私もそうなる可能性がありますので、
外で。往きもそうでしたが、結果、ここが一番ですね。風が気持ちい。
無事に到着、時間は6時半を過ぎたところです。
あ、腹が減った。
何度このセリフをつぶやいたことでしょうか・・・・。
夕食はA氏お勧めの万人家 紫竹山店 。
エネルギー補給をして、帰路につきました。10時前かなぁ・・・・。
いやぁ楽しかった。楽しかった。
では、ちょっとライドの総括をして終わりにしたいと思います。
つづく
佐渡への思いが高まる3日目(スタート) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
佐渡への思いが高まる3日目(朝のルーティーン) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
御朱印(胎内) [御朱印]
佐渡への思いが高まる2日目(後半戦) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
佐渡への思いが高まる2日目(前半戦) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
佐渡へむけて一日目 [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
佐渡ライド(概要) [クロブタ・ダ・ちゃかふみ]
・万代島駐車場800円(一般は1,500円) /日×2
☆佐渡とは
人口は49,894人(2023年6月30日現在)面積は855.68平方キロメートル。東京都の本土部分(東京23区・多摩地域、島嶼部を除く)の面積1791.47km2の約48%に相当。ちなみに琵琶湖は669.26 平方キロメートル。地形は3つに大別でき、北に大佐渡山地(おおさどさんち)、南に小佐渡山地(こさどさんち)、この2つの間に穀倉地帯の国中平野(くになかへいや)が広がる。気候はおおむね三分され、大佐渡山地の北側は日本海からの季節風の影響を受け、冬には積雪がある一方、小佐渡山地の南側は比較的温暖で積雪が少ない。文化的には、西廻り航路が開かれ、西日本や北陸の文化が伝わってきたこと、また配流者が伝えた文化も含めた貴族文化や武家文化、町人文化が一体となって、佐渡特有の文化を形成していったといわれる。 方言は佐渡弁と言われるもので、西日本方言の北陸方言に属している。また奈良時代にすでに一国とされ、流刑地に定められた佐渡は、722年に皇室批判を行った万葉歌人の穂積朝臣老を始めとして、1221年に承久の乱で敗れた順徳上皇、1271年に鎌倉幕府や他教を批判した日蓮聖人、1434年に時の将軍の怒りを買った能楽の大成者である世阿弥など、中世までは政争に敗れた貴族や知識人が流されてきた。
なおわが故郷の酒田本間氏は佐渡本間氏の分家とのこと。本間家の生い立ちは村上天皇の第四皇子(村上源氏)の子孫という事になっている。鎌倉期に相模守となり、関東(神奈川県座間市の旧本間村)に下りそこで本間姓を名乗ったのが始まりとされる。更にその後佐渡守に任ぜられ、一族が越前、越後に散らばった。南北朝の頃一族の中の季綱(すえつな)なる人物が越後から庄内の下川村に移り住んだという。其の長男光重が酒田に移り、弟兵部はそのまま止まり下川本間姓を継承し続いている。当時の酒田は向かい酒田の時代であった。水害を避けて主計忠光の時(1521~27年の頃)に当酒田に移転して来た。酒田市本町に「新潟屋」の暖簾を掲げ商売を始めた酒田三十六人衆の一人で武士。
そんなことで、大きなつながりを感じるとともに、ひとも土地も良いところでありました。観光メインの市となるかもしれず、そんなことで「良いサービス」ってことでの好印象というよりは、自転車で走ってみて、普通に生活しているかたとの交流から、いいなあと感じました。これが島、ガラパゴス化的な感じなんでしょうか。
佐渡、おすすめの地です。良いとこです。すこし長めに居たい・・・・。